SPECIAL TALK 記念対談 森を育て、森を活かす

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王子ホールディングスは2023年2月12日、創業150年を迎えました。王子グループの起源である抄紙会社の設立を提唱した渋沢栄一翁の強い意志。そして次の150年に向けて飛躍し、社会のニーズに応えていくためのパーパス(存在意義)と人的資本経営のあり方とは。創業150周年を記念してモデル・タレントのトラウデン直美さんをファシリテーターに迎え、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役の渋澤健様と磯野裕之代表取締役社長との対談が実現しました。

「やり遂げる」強い意志を受け継いできた150年

トラウデン:はじめに、日本における資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一さんと王子ホールディングスの関係を教えてください。
磯野:当社グループの起源は、1873(明治6)年2月に渋沢栄一翁の提唱により設立された抄紙会社です。日本の文化発展のためには、まず印刷事業を盛んにし、書物や新聞といったものを世の中に多く出していくべきで、そこに必要となるのが「紙」であると。それまで日本には和紙がありましたが、やはり洋紙を国産化しなければいけないと考えた。それが会社設立の経緯ですね。そうして始めた洋紙の生産も最初は苦労し、完成した工場を稼働させても思うような紙が生産できず、どんどん損失が膨らんでいったそうです。しかし渋沢翁は、外国から機械を入れて技術者まで呼んで日本に工業を興したのは当社が初めてであり、もしここで挫折してしまったら、今後の国内工業の発達に一大打撃を与えてしまうと考え、「どうしてもやり遂げる」と決意し、成功に導いたそうです。創業150周年を迎えた私たちは、この「やり遂げる」という強い気持ちを受け継いでいきたいと思います。
トラウデン:渋沢栄一さんの玄孫である渋澤さんに伺います。当時、渋沢栄一さんは他にもさまざまな会社を500社ほど設立され、今では大企業になっている企業も多いとのことですが、そこまで熱を入れた理由は何だったのでしょうか。
渋澤:おそらく愛国心が強かった渋沢栄一には、長く鎖国していた日本が西洋の文化や工業の発展から取り残されたことに対する悔しさがあったのだと思います。その遅れを挽回し、日本をもっと繫栄させて国力を高めたい。それを民間から実践したいという大きなモチベーションを持ち、多くのことをやり遂げた人物だと想像しています。
磯野:渋沢翁は後年、製紙事業の回顧談の中で「日本において機械工業の起源と称すべきものは、王子製紙会社において他になかろう」と述べています。当社グループは、その150年の歴史をつないできたわけですが、今後を考えると紙だけで存続していくことは難しいでしょう。木質資源をベースに新たな製品や素材などを生み出しながら、環境問題にも対応しつつ事業を発展させていくことが、これまでの150年を次の150年に結び付ける道筋だと考えています。

存在意義(パーパス)にもとづく企業行動で社会価値を創出

トラウデン:王子ホールディングスは、2022年にパーパスを制定しました。会社にとってパーパスとは、どのような意味を持つものだとお考えですか。
渋澤:パーパスというのは、他から与えられたものではなく、私たちひとり一人が持っている「自分事」という軸がパーパスなのではないかと思います。会社が掲げるパーパスに自分を無理に合わせる必要はなく、いろんな価値観や視点を持った人たちが出入りできるような枠を作ることが、会社の新たな進化につながるのではないでしょうか。そして自分のパーパスと、会社が掲げているパーパスが重なっていることの確認がとても大事で、それを全く確認しないのであれば「本当にここが私のいるべき会社なのか」となり、会社側も「本当にその人がここにいるべきなのか」となってしまうでしょう。
磯野:経営理念に「革新的価値の創造」「未来と世界への貢献」「環境・社会との共生」という言葉があり、当社グループのパーパスは、これらをより明確に表したものと言えます。私たちの根幹は、森林資源をベースに紙を作るビジネスです。地球温暖化・環境問題も踏まえて社有林を適切に育てていますが、木は切ってはいけないのではなく、切ることで森林が若返るので、その木材を原料として活用する。その活用も紙だけでなく、木質由来のバイオマス系プラスチックなどを作ることも可能になっています。そうした森林資源の活用をやり遂げることで、パーパスの後段に示した「希望あふれる地球の未来」が実現可能となる。まさに渋沢栄一翁が150年前から時代を動かしてきたように、私たちもこれから森林資源で時代を動かしていきたい、という想いをこのパーパスに込めています。そして当社グループの力だけでは難しい部分は、周りの会社と一緒にやり遂げていくことが大事だと考えています。
トラウデン:今のお話しで触れられたバイオマス系プラスチックなど、森林資源の活用の可能性について、もう少しお聞かせください。
磯野:今までは木の中にある繊維分を取り出して紙を作ってきたわけですが、それ以外の活用について研究開発を進めています。例えば脱プラスチックへの対応でも、プラスチックの使用量を減らしたいわゆる減プラとしてのパッケージングなどは、すでに製品化されたものがあります。紙コップ類も従来は、内側に石油由来のプラスチックをラミネートした紙が使用されていましたが、当社がこれまで培ったラミネート紙製造をベースに新たに開発した植物由来のポリ乳酸ラミネート紙を使用したものもあります。また、木材の中のヘミセルロース部分を取り出して医薬品に活用する研究も進めていますし、新素材としては、セルロースナノファイバーのほか、バイオマスプラスチックも開発中です。しかし今の時点でコスト的には、やはりプラスチック製品に比べて高いですね。環境面の配慮なども含めて、消費者に価値を訴求していく必要があります。
渋澤:パーパスにもとづく企業行動において、消費者はとても重要なステークホルダーです。今まで特に日本の消費者は、価格選好が強かったと思いますが、これからの主流となる若い世代の間では、ちゃんと環境に配慮したものがいいという考え方が拡がりつつあります。これは日本国内だけではなく世界市場がそうなっていて、将来が大切・環境が大切という消費者が今後どんどん増えてくるでしょう。投資家の立場としても、特に長期的にその会社に関わりたい投資家ほど、環境・社会への対応に関心が高いので、そうした意識を自社に取り込み、持続的に価値を創っていくことが求められます。
トラウデン:会社の財務状況だけでなく、どんなパーパスにもとづき社会価値を生み出しているのか。そこがますます注目されていくと感じます。非財務情報開示の動きは、世界的に加速しているそうですね。
渋澤:長期的に企業価値に投資したいと考える立場からは、財務的な価値というのは今までの取り組みを反映している状況ですので、ある意味で氷山の一角が見えるに過ぎないと思います。ほとんどの場合、これからの価値創造というのは海面下の見えない所にあるので、私たちは見えない価値というふうに表現しています。なぜ見えないかというと、なかなか数値化が難しい。まさに非財務的な価値なのです。パーパスにもとづき環境テーマに取り組んでいる王子グループには、非財務情報開示のリーディングカンパニーとして、他の会社にお手本になってほしいと期待しています。
磯野:ありがとうございます。非財務情報開示の関連で申し上げますと、当社は2022年12月、CDP(※)よりフォレスト(木材)に関するコーポレートサステナビリティにおいて、最高ランクの「Aリスト企業」に認定されました。一方、例えば女性活躍などの分野では、なかなか点数が上がりません。製造業として男性社員を中心とする状況が長年続いてきてしまったので、女性社員の割合を増やすことにも対応していきたいと思っています。

グリーンイノベーションに求められる人的資本経営

トラウデン:近年重要性が認識されてきた人的資本経営について、お二人のご意見をお聞かせください。
渋澤:冒頭の話題が150年前のことでしたが、日本にその当時、豊富にあった資源は何かと考えると、水と森と人ですよね。つまり日本という国は、人的資本の向上によって途上国であった状態から数十年間で先進国に追い付いたわけです。そして太平洋戦争で国土が焼け野原になった後も、また人的資本によって復興を遂げ、世界第2位の経済大国となるまで発展することができました。これからの日本がどのように発展を目指すべきか、その答えは当然、人的資本の向上にあります。一方、企業における人的資本経営には、人材への投資に注力し、成長と活躍を促進することが企業価値の拡大をもたらすという視点があるのですが、これは言うは易しく、やるのは困難だと思っています。
磯野:当社グループが目指すグリーンイノベーションを実現していくためには、新しい知見や技術を持った人材を獲得・育成しつつ、従業員が自らの多様性や個性を活かし、生き生きと活躍できる職場環境を整備していくこと。そして従業員ひとり一人のパーパスと会社のパーパスを重ね合わせ、グリーンイノベーションへの意識を全社で共有していくことが必要です。これが当社グループの人的資本経営における課題だと認識しています。そうした考えにもとづく取り組みの一つとして、2022年10月に「グループ事業開発本部」を設置したことに伴い、当社グループ内で公募を実施しました。意欲・能力のある従業員を積極的に登用し、全体の活性化につなげていきます。
トラウデン:最後に、渋沢栄一さんが今いらっしゃったら、どのような言葉を語られると思いますか。
渋澤:「現状よりもっとよくなれるんだ」というようなメッセージを発するのではないかなと思います。「これからの世界の環境のために、君たちは製造業というベースを使って何を実現していくのか?」と王子グループの皆さんに投げ掛けてくるのでないでしょうか。そんな風に想像します。
磯野:同感ですね。冒頭にお話しした通り、渋沢栄一さんは150年前に「わが国の文化を発展させるためには、この王子が必要だ」という想いで事業を起こしました。私が社長に就任した昨年の4月に講話でも話したのですが、文化が発展した150年後の今、渋沢さんがいたら「地球環境を持続可能にするためには、この王子が必要だ」という想いを語る気がします。まさに時代が変わろうとしている中で、当社グループは地球温暖化・環境問題にどう向き合い、再生可能な木質資源をいかに活用して事業を発展させていくのか。その決意を渋沢さんに問い質されるのではないかと思う次第です。
トラウデン:今日は多くのお話しをいただき、ありがとうございました。

(※)2000年に英国で設立したNGOであり、投資家・企業・都市・国家・地域が環境影響を管理するためのグローバルな情報開示システムを運営しており、その環境情報開示とその評価プロセスは、企業の環境報告におけるゴールドスタンダードとして広く認知されています。
URL: https://japan.cdp.net/

対談者プロフィール

渋澤健(しぶさわ・けん)

1961年生まれ、神奈川県出身。米・テキサス大学化学工学部卒業。2001年、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業、代表取締役に就任。07年にコモンズ株式会社を創設、08年にコモンズ投信株式会社へ改名し会長に就任。

磯野裕之(いその・ひろゆき)

1960年生まれ、東京都出身。84年、慶應義塾大学経済学部卒。91年、カナダ・マギル大学MBA修了。
84年に王子製紙(現・王子ホールディングス)に入社し、グループ経営委員やオセアニアのグループ会社会長などを経て、2022年4月から現職。

トラウデン直美(とらうでん・なおみ)

「CanCam」の専属モデルとしてデビューし、歴代最長記録を更新。TGCやガールズアワードに出演するほか、大学在学中から報道や情報番組でも活躍してきた。2021年、フォーブスが選ぶ30歳未満の30人に選ばれるなど、環境問題やSDGsについても積極的に発信する。