CEOメッセージ

森とつくる サステナブルな循環社会


今まさに求められているのは、森とともに、持続可能な循環社会を築いていくこと。
森を育て、その資源を活用し、そしてまた森を育て、活用する。
王子は、常に森とともに歩み、持続可能な地球環境と循環社会を実現していく。


王子ホールディングス株式会社
代表取締役 社長執行役員 CEO
磯野 裕之

変革への意志を強めた前中期経営計画期間

前中期経営計画の最終年度である2024年度を終え、改めて実感するのは、想定外の事業環境の急速な変化への対応の難しさです。私は2022年4月に社長に就任しましたが、その前の2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は今も終わりを見ていません。その後のイスラエルとガザ地区の問題もそうですが、経済に目を向ければ中国経済の低迷や、今年の第2次トランプ政権発足後の米国の関税政策の変更、さらには為替の動向など、不確実性が増すとともに、これまでの前提が揺らぎはじめています。

紙の市場を見ても、社長就任当初はまだ需要拡大を期待できた国内の板紙市場は、2022年半ばから需要が頭打ちとなり、印刷用紙に続き、段ボールなどの板紙も伸びなくなるという状況に一変しました。海外では、これまで順調に事業を運営してきた東南アジア市場に、中国メーカーが積極参入して供給過剰になるなど、当社の需給想定から随分と状況が変化しています。また気候災害の激甚化によって、2023年2月にはニュージーランドの当社主要工場が、サイクロン「ガブリエル」の被害を受けて水没し、完全復旧までに1年半ほどの時間を要しました。

こうした急速かつ想定外な外部環境変化に対し、事業運営面での対応も十分ではなく、中期経営計画の売上・利益計画を軌道に乗せられなかったのは大きな反省点です。環境変化に耐えうる体力と、変化に応じた対応ができる企業への変革の必要性を強く感じています。

一方で、資本市場から、株価を意識した経営を求める声が高まったことで、これまで社内会議ではP/L視点ばかりにフォーカスし、B/S視点が欠落していたこと、そしてこれらは当社の企業体質に起因することを改めて認識しました。そこで資本構成を徹底的に見直し、資産をスリム化し、資本効率の向上を図る企業体制へと変革することの必要性を痛感しました。私自身も意識を大きく転換させましたが、全経営陣の共通認識として、資本効率を上げ、ROEを高める事業運営へと切り替えることを、2023年末に「企業価値向上への取り組み」として発表し、以降社内で議論を積み重ねてきました。

新中期経営計画ではROEの向上に注力する

今年5月には、私たちの意識の変化を示す形で、2025年度からの新中期経営計画を発表しました。

大きな変化としては、売上目標の公表をやめました。売上を追求していれば、次の世界が見えてくる時代ではなくなったからです。また、王子グループ全体で最適な事業体を目指すのに、国籍は関係ありませんから、海外売上高比率についても経営指標から外しています。

ROEを高めるためにやるべきことは、収益性を高めると同時に、ここ数年大きく膨らんだ純資産を圧縮することです。

右肩上がりで市場が拡大し、作ればモノが売れる時代ではありませんので、利益率の向上には、市場ニーズを捉え、差別化の図れる事業運営体制が必要です。そこで、これまでのカンパニー制で強化された縦の組織に横串を挿し、カンパニー間の情報共有や相互連携を強めて、個社・カンパニーごとの部分最適から「全体最適」を目指す組織体制へと変更しました。社会情勢や市場の動向の変化をしっかりと把握し、CFO、CSO、COO、CTO、CIOとが相互に絡み合って事業を運営することで、顕在化したニーズに合致した製品を開発するだけでなく、まだ見えていないニーズも捉えて、差別化を図ることができると考えています。

一方で、さらなるコスト削減努力をしながら、コスト上昇分を価格に転嫁し、低収益事業からの脱却を進めます。利益を創出しない事業にしがみつく理由はどこにもありません。伸ばす事業と、撤退・売却など別の道を歩む事業とを、迷うことなくはっきり峻別し、2027年度にグループ全体でROE8%を目指せる事業体へと持っていきます。そして、さらに将来的にはROE10%を目指し、その過程でPBRは1倍を上回る水準へと回復させたいと思います。

メガトレンドを踏まえ非連続な思考で長期ビジョンを描く

長期的な将来を見据える上で、重要なことは、今日の延長線上に明日を捉えるのではなく、非連続な思考で、メガトレンドを踏まえて将来を予測し、そこからバックキャスティングして今を考えることです。海外におけるデジタル教科書離れの例をとっても、情報伝達媒体としての紙の価値は引き続き重要だと思いますが、デジタルデバイスへと移行する世の中の動きには逆らえず、その分野は今後縮小していきます。一方、世界情勢に目を向ければ、米国の経済政策一つをとっても、4年ごとに民主党・共和党のどちらが政権の座に就くかで大きく方向性が変わる可能性があります。

私は今年、世界経済フォーラムのダボス会議で各国のビジネスリーダーと意見交換をしてきましたが、そこで再確認したのは、気候変動は地球レベルの大きな課題であることに変わりないということです。さまざまな議論がある中でも、社会のサステナビリティを追求するというメガトレン
ドは変わりません。

事業ポートフォリオ転換開始

当社の今後の中核を担うビジネスを考えると、一つはサステナブルパッケージ、そしてもう一つは木質バイオマスビジネス、いずれも持続可能な森林資源を使った製品づくりです。メガトレンドを踏まえてもこれらの市場は、必ずや伸びていくと確信しており、これまでも積極的に成長投資を進めてきました。サステナブルパッケージでは東南アジアでラベル事業を行うAdampak社をグループ化したほか、欧州のWalki社やIPI社を買収し、将来的な総合パッケージングへ向けた布石を打ちました。木質バイオマスビジネスでは、木質由来の糖液のパイロットプラントが2024年12月に、エタノールのパイロットプラントが2025年3月に稼働するなど、事業化に向けた準備が進んでいます。これらパイロットプラントは、極めて商用プラントに近い規模の設備です。従来、化石資源を用いて作ってきた製品のほとんどが、木質由来の糖液・エタノールから作ることができるため、引き続き研究開発を進め、コスト面の課題も克服しながら、SAF(持続可能な航空燃料)はもちろん、タイヤ、繊維、プラスチック、肥料・農薬、食品・飼料からバイオ医薬品に至るまで、化石資源を代替するサステナブルな原料としての可能性を追求していきます。当社は並行して、欧州を拠点とする先進的なバイオリファイナリー企業の買収を予定しており、その可能性を早期に具現化していきます。

  • 2025年9月、AustroCel社の全株式を取得する株式譲渡契約を締結。同社はオーストリアを拠点とし、溶解パルプおよびバイオエタノール製造販売事業を展開。

サステナブルパッケージも、木質バイオマスビジネスも、コモディティ品とは異なる付加価値の高い製品を作る事業です。これら事業の成長が、事業ポートフォリオ全体の収益率の向上にも寄与することになります。

地球と社会のサステナビリティに貢献する

当社はパーパスに、「森林を健全に育て、その森林資源を活かした製品を創造し、社会に届けることで、希望あふれる地球の未来の実現に向け、時代を動かしていく」と謳っています。化石資源由来の製品を使い続けることは、持続可能な社会にはつながりません。再生可能な森林資源を活用し、その原料をベースにした持続可能な製品を作り、化石資源由来の製品から置き換えていくことで、結果的に持続可能な社会が形成されると考えます。まさに、地球と社会のサステナビリティに貢献することが、当社の企業価値の最大化につながると捉えています。

環境課題に関しては、「環境ビジョン2050」に基づき、2030年、そして2040年を目標達成年度とした環境行動目標を策定し、気候変動問題への対応、ネイチャーポジティブの推進、サーキュラーエコノミーの推進と汚染物質削減、ステークホルダーエンゲージメントを進めています。その中でも特に、ネイチャーポジティブの拡大や森林の健全な育成・保全の取り組みに関しては、世界的な森林関連団体が加盟するISFC(International SustainableForestry Coalition) に参画し、その活動の一環として、自然資本会計のルールづくりや、Nature-based solutions(自然を基盤とした解決策)の訴求を行っています。特に今年11月に予定されている国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)は、ブラジルのアマゾン川の流域にあるベレンで開催されますから、森林の持つ多面的な機能やNature-based solutionsの価値をしっかり伝える機会と捉えています。

100年前から受け継ぐ、森林資源を大切にする価値観

森林には、二酸化炭素の吸収、生物多様性の保全、水源涵養、土砂災害の防止などさまざまな機能があります。雨が降り、その水が地中、山林を通って、やがて山の麓から出てくるのは、自然の浄化作用ですが、しっかりと森林を管理していなければ、きれいな水は麓から出てきません。

当社は、100年以上前から、「木を使うものには、木を植える義務がある」と考え、森林の管理・維持活動を愚直に続けてきました。すでに世界で、63.6万haという東京都の面積の約3倍に相当する規模の社有林を経営しています。

2025年3月には、豪州のNew Forests社と提携し、東南アジア、北米、中南米、アフリカ地域での生産林を拡大するための森林ファンドを設立しました。生産林の拡大は、森林によるCO2の吸収・固定化にもつながります。また、インドネシアの社有林では生息数の減少が危惧されるオランウータンが確認されたほか、ブラジルでも多様な動植物が確認され、森林保全の取り組みは生物多様性の保全の視点での効果も大きいと実感します。ブラジルではまた、荒廃地を再生し、分断された野生生物の生息地をつなぐ緑の回廊運動も展開しています。

こうしたネイチャーポジティブに資する取り組みは、森林資源に根付いた事業運営をしてきた当社が、長く受け継いできた大切な活動です。自然を維持・管理しながら、事業の原料となる木を自分たちで育て、伐採後も再植して事業運営をする、ネイチャーポジティブを大切に考える価値観は、100年以上前から当社に根付いてきた企業文化であり、100年先の未来も全く変わることはないと確信しています。

強固な経営基盤を構築する

経営基盤で最も重要なのは、人財です。昨年度、タウンホールミーティングを通じて300名を超える従業員と直接対話しました。特に国内の生産拠点において、急速な生産体制変更を伴っており、改めて課題を認識するとともに、多くの気づきがありました。現場の生の声を取り入れ、DXを推進、工場設備の自動化を進めると同時に、管理部門の業務においても、自動化・省力化を通じて業務の効率化を図ります。

また人的資本を鏡に映したものが企業風土です。心理的安全性が高い企業風土を醸成し、一人ひとりが働きやすい職場環境の中で、働きがいを持って仕事を進めていけるよう、常に意識していきます。特に、組織変更を行った目的には、縦のラインだけでなく、横での情報共有をさらに活性化し、グループとしての一体感を醸成することがありますので、健全な対話と連携を促す風通しの良い企業風土の醸成には特に力を入れていきたいと思います。

ガバナンスについても、上述の通り全体最適を目指すため組織変更を行いました。また、経営の監督と執行の分離を進め、取締役会のスリム化も実施しました。

加えて新たな中期経営計画の始動に合わせ、取締役に対する業績連動型株式報酬制度を改定しました。従来、役員報酬の業績連動部分において連動させていたのは、収益基準のみでした。しかし、これまで以上に株主目線を意識した中期経営計画を策定し、財務指標についてはROEに関連したB/S項目を追加した他、環境や従業員エンゲージメントサーベイのスコアなどの非財務指標も組み込みました。役員報酬と株式価値との連動性をより明確にすることで、より一層、経営層の株価への意識を高めることにつながると考えます 。また、指名委員会および報酬委員会を社外取締役のみで構成することとしました 。しかし、ガバナンス高度化の取り組みは、道半ばです。今後、社外役員の構成や、取締役会議長選任についても引き続き検討を進めていきます。

さらに、成長投資を通じて複数のM&Aを実行し、グローバルでのリスク管理と内部統制の強化も図っています。PMIでは、企業買収が完了した初日に、当社の決裁権限等を含むガバナンス基準を買収先に伝え、その遵守を求めています。また、新たにグループ会社となった企業に赴任・出向する人財にも、ガバナンス関連の規程をしっかりと共有し、グローバルガバナンスとグループガバナンスの両面で強化を図っています。

ステークホルダーの皆様に向けて

当社は今、長い歴史の中で大きな分岐点に立っていると考えます。情報伝達媒体としての紙の事業で収益を出してきた事業が、木から紙だけでなく、木質バイオマスビジネスやパッケージなど、事業の転換を図っていくフェーズにあるからです。

創業者・渋沢栄一翁の回顧録を読むと、日本の経済・文化の発展のために情報を伝える紙の役割を非常に重要と考え、ここで諦めてはならない、なんとしてでも成し遂げたい、という強い意志で事業の立ち上げに臨んだことが記されています。この精神は、今の私たちにとっても重要です。渋沢翁のお言葉を借りて表現するならば、私も、強い意志で事業ポートフォリオの転換を成し遂げたい、という思いでいます。

2023年2月に、渋沢翁の玄孫の渋澤健氏(シブサワ・アンド・カンパニーCEO)と対談した際に、「今、この時代に渋沢翁がいたら、何を成し遂げたいと言うだろうか」と語らったことがあります。渋澤健氏は、「地球の環境問題を解決するためにやらなくてはならない」と言うのではないかと述べましたが、私もまさに、そう思います。

渋沢翁の当時の強い意志に思いを馳せながら、この先の未来を見据え、森林資源に根付いた事業運営を継続・発展させ、事業ポートフォリオ転換を果たしていきます。そして、ROEを高め、当社グループの持続的成長を図ると同時に、社会のサステナビリティを実現していきます。